■は背景。 ( / )となっている部分は(本文/ルビ)という構成。 ■ホテルのロビー的なところ  都内某所――  765プロと961プロの、三日間におよぶ会談が開かれていた。  今までライバルとしてにらみ合っていた二つの事務所だったが、この会談によって反転、提携の動きまで見せ始めたらしい。  大成功――なのだろう。少なくとも俺は、そう聞いている。  何よりその証拠に、俺の目の前で、高木社長と黒井社長が握手している。 「…………」 「…………フン」  だけど――二人とも、どうしてあんなに険しい雰囲気なんんだろう……。 『ムダヅモ無き偶像』 * * *  会談が正式にお開きになったあと。 「……キミが765プロのプロデューサー君かい?」 「え? あ、ハイ」  俺が帰ろうとしていると、急に黒井社長に話しかけられた。 「君に折り入って話があるんだ。あとで私の部屋に来てもらえるかな?」 「話、ですか……? 構いませんが……」  訳が分からなかったが、立場上断る訳にもいかないので俺は頷いた。 「? プロデューサーさん、どちらに?」  春香が話しかけてきた。春香には今回の会談のために、一応着いてきてもらっていた。 「ちょっと黒井社長に呼ばれたんだ。あまり時間はかからないと思うから、先に帰っててくれてもいいよ」 「はい……」  さてと、黒井社長を待たせるわけにもいかないし、さっさと彼の部屋に向かうかな。 ■黒井社長の部屋 「……で、黒井社長、お話とは……?」 「いや、なに。緊張することはない。少し教えて欲しいことがあるだけだ。  これを見てくれ」 (雀卓を表示) 「……これは、雀卓……?」 「聞いていると思うが、我が961プロと君たち765プロは提携する。それに伴って、高木社長と近々卓を囲むことになってね……。  だが恥ずかしい話、私は麻雀をまったく知らないんだ。そこで、君に教えて欲しいというわけだ」 「お、俺が黒井社長に麻雀を、ですか……!?」 「君は麻雀が上手いと聞いているぞ。765プロでは社員はおろかアイドル全員が覚えることが義務なのだとか」 「は、はぁ……まぁ……」  俺は周囲を見回す。と――961プロの超人気アイドル、四条貴音と我那覇響が壁際に立っていた。  まるで不審者を見るように睨んできている。どうにも断れそうな雰囲気ではない。  まぁ、教えるくらいならお安いご用だけど……。 * * * 「……そこでこれをロン、と。ね? 簡単でしょう?」 「ほぅ……なるほど、簡単だが奥深いゲームだ……。実に興味が沸くね」 「俺の下手な教え方でそう思っていただければ嬉しいです」 「フム。もっとよく知りたいな。――そうだ、少し賭けて、実際にやってみないかね?」 「え、賭け、ですか!? 覚えたての人とやるのはさすがに……」 「まぁまぁ。(無料/ただ)で付き合わせたのも悪いから、アルバイト料と考えてくれればいい。レートはこれでどうだい?」  といって黒井社長は、指を一本立ててみせた(常に立てているような気もするが)。 「は、はぁ……では、黒井社長がそうおっしゃるなら……」  ……仕事がもう終わったのに付き合わされたんだ。確かに、残業代をもらう権利はあるよなぁ。  うん、お言葉に甘えさせていただこう。 (適当に四枚ずつツモる絵) 「……ん? む……」 「? どうされました? 黒井社長が親なんですから、まず一枚切ってくだされば――」 「そうなんだが……いや、少し困ってしまってな」 「あはは、初心者のときは、全部が必要牌に見えますからね」 「いや……」 「もう、揃っているのだよ」 「てっ、てっ、(天和/テンホー)……っ!?」 「天和? それは何点の役なんだね?」  う……少し誤魔化したって……! 「ま、満貫の……12000点ですよ! あははは、黒井社長はすごい運ですね!」 「…………」 「もう一度聞く。これは何点だね?」 「……! よ、48000点、です……」 「…………」(貴音) 「…………」(響)  な、なんか……雰囲気がおかしくない、か……!? ■ロケバス 「……ふー。やれやれ、黒井君がしつこくて疲れてしまったな……」 「お疲れさまです、社長さん」 「おや? 天海君、プロデューサー君はどうしたのかね?」 「プロデューサーさんですか? なんだか黒井さんにお呼ばれしたみたいで、どこかに行っちゃいましたけど」 「……黒井君、に?」 ■黒井社長の部屋 「――悪いね、それはロンだ。(混老頭/ホンロー)・(七対子/チートイ)・ドラドラ」  ちょ……おま……っ、混老頭なんて役、教えてなかったよな……!? 「……プロデューサー様、今のでトビでございますわよ」 「なんだ、弱っちぃなぁ765プロは。アイドルにセクハラばっかしてるからじゃないの〜?」 「さて……プロデューサー君が今ので−1021だね。まぁ端数はまけで構わないから、1000万円、払ってもらおうか」 「いっ……!?」  ちょっと待て。なんか今、とんでもない数字を耳にしたような――!? 「−1021で1000万ってことは……千点1万円ですかっ!?」 「なんだ、961プロの社長たる私が、そんじょそこらのチンケなレートでやると思っていたのか? 失礼な」 「い、いやいやいやっ! 普通ありえないですからっ! 払えませんよ、そんな金っ!」 「(ブチ殺すぞ/くるさりんどー)! ドサンピンが!」 「一文無しで麻雀を(打/ぶ)つなんて……わたくしの家畜の餌にしてさしあげますわよ」 「ひ、ひぃ……!?」  殺される? なんで? 麻雀で死ぬなんて漫画じゃないんだから……っ! 「誰か、助けてくれ――っ!!」 * * * 「プロデューサー君!」 「しゃ、社長っ!」 「……黒井君、君は……」 「社員にどういう教育をしているんですか、高木社長? 一文無しで鉄火場に入るなんて。  ……フン、まぁいい。そいつを連れていけ」 『はい』(貴音響) 「ひ、ひいいいっっ!?!?」 「……待て、黒井君。プロデューサー君をどうするつもりだね」 「どうしようが私の勝手だろう。提携するとは言ったが、けじめはきちんとつけさせていただこう」 「……いいだろう。プロデューサー君の負け分、私が取り返そう。(打/ぶ)とうじゃないか、麻雀を」 「……ふふん。そうこなくっちゃなぁ!  レートは……そうだな、一万点につき自社のアイドル一人というのはどうですか、社長」 「点・アイドルか。私はアイドルを商品として扱う考え方は好まないのだが――どうせそれ以外の条件では受けないつもりなのだろうね。  仕方ない、受けようじゃないか黒井君」 * * * (SE:じゃらじゃらじゃら) 「……プロデューサーさん」 「春香!? ひょっとして春香が知らせてくれたのか……?」 「はい。……プロデューサーさんは、なんだかはめられたみたいですよ」 「はめられた……!?」 「社長さんと黒井さん、この三日間ず〜っと麻雀してたみたいなんです」  ……何やってんすか社長!? 「待てよ、ってことは黒井社長は……!」 「初心者じゃ、ないみたいです」  黒いのでさっきは気づかなかったが、黒井社長の手には麻雀ダコがいっぱいあった。  そういえば聞いたことがある。黒井社長は博打の腕があったからこそ、あの若さで社長にのし上がれたという噂を――。 「……でも、三日間、黒井さんは社長さんに負け続けだったみたいです。2億円は負けたみたいですよ」 「に……っ!? か、会社一個建てられるな、あはは……」 「黒井さんは怒って、社長さんに再戦を申しこんだんですけど、社長さんは仕事があるからって断ったみたいなんです」 「……ということは、俺は……高木社長を呼び出すダシに使われたってことか……」 「……みたいですね」  な、情けなさすぎるぞ、俺……。 * * * (社長の手牌を表示) (王牌表示) (……は、配牌からドラの(中/チュン)が暗刻……! なんて強運なんだ……!) (……でも……) 「ポン」 (貴音が9s出す) 「ポン!」 (響が5s出す) 「ポン――!!!」 (貴音が6s出す) 「オーバーマスターツモッ!」 「4000オール……おっと、割れ目の高木社長は8000ですね」 * * * 「社長さんに全然順番が回ってこない……! なんだか1対3みたいになってます!」 「あぁ、そうだ春香。全然ツモらせてもらえなかった……」  これは、まずいぞ。このままだとうちのアイドルが全員961プロへ移籍することに……!  高木社長……! * * * 「――ツモ! 3000・6000!」 「ロン! 8000!」 「ツモッ!! * * *  (南4局/オーラス)、だ……。  この点差……。もう、ダメなのか……!? 「しゃ、社長……もう……、!?」 (社長の手牌表示)  配牌で(断幺九・平和/タンピン)・三色のイーシャンテン……  この状況でこの配牌……なんというツキの深さだ……。これなら……! 「って、社長っ!?」 (5p切る) 「……点差をよく考えたまえ、プロデューサー君。  リーチできない今、この手ではタンピン三色の8000点止まりだ。例え直撃をとれても、逆転はできない。  この手を変えてゆくしか、道はあるまい」 「で、でも……もうオーラスですよ!?」 「勝負を捨てたんですか、高木社長? ですがね……私は敗残兵も皆殺しにせよと教えているんですよ――!」 「(先制攻撃/思い出ボム)・リーチ!」 「……もう、終わりだァ……」  さようなら、春香。向こうの事務所でも頑張って個性を出していけよ…… 「ぷ、プロデューサーさん、まだですよ……!?」 「え……!?」 「誰が勝負を捨てると言ったね?」 「そっちがそうくるなら……  私も、手段を選ばないだけだ!」 (文字画面全体に表示)  ……あれ? (幺九/ヤオチュウ)牌……? なんか、手が変わってる……!? (社長が四枚ツモって三枚山に戻してる絵を。……どうやって表現しようか……?)  ……社長は……一度に4枚ツモると同時に、3枚山に戻してる……!  これは……イカサマ!! 「……くそ、何故ツモれない! 急に流れが悪くなった!」  相手に気づかれない……しかも、相手に入る牌まで支配している……! なんて技術なんだ……! 「…………そうだ」 (すりかえる)  ――プロデューサー君。あまり大きくもない我が事務所が、芸能界という巨大な敵に立ち向かうためには技術しかないのだよ。 (すりかえる)  柔を持って剛を制す。柔軟に強者を倒せる者が――  (芸能界の王者/アイドルマスター)なのだ!!!! 「――ツモ!!!!」 「な、何ぃ!?」(貴音、響、黒井と順々に) 「ジェ…… (国士無双十三面/ジェラシー・オブ・ザ・サン)……!?」 「ダブル役満と割れ目で32000・64000。全員、トビだ。  まだ――続けるかね?」 「ぐ、ぅ……くそ……まいった……」 「…………」 「…………」 「か、勝った……のか……?」  なんて人なんだ、高木社長……! ■ロケバス 「ふぅ……疲れたね。この近くに美味い鰻を食べさせる店があるんだ。どうかね? 天海君もプロデューサー君も」 「は、はぁ……喜んでお付き合いします」 「はーい♪」  しかし、結果として961プロのアイドルをほぼ根こそぎもらうことになったんだが……高木社長はいつもの平然とした顔のままだ。  というかこのままだと美希も移籍してすぐにこっちに戻ることになるんだが……いいのか?  とにかく……本当にすごい人だ……。 「……社長、今日は本当にありがとうございました」 「気にしなくていい。君は大事な社員だからね」 「……一つお聞きしていいですか? あんな技、一体どこで……」 「…………」  社長は、ふっと笑みを浮かべて―― 「芸能界という毒蛇の巣で生きてゆくには――ああいう技の一つも必要なのだよ」 「……まったく、社長も楽じゃない」